F2遅報

F2遅報 'Road to F1'

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なぜ角田裕毅なのか

2020年F2のシリーズ3位となり、2021年F1のルーキーイヤーシーズンを戦う角田裕毅。バクーでは開幕戦以来のポイントを獲得し、シーズン序盤戦のラストを飾っている。

 

バクー以前は複数回のミスやそれに伴うクラッシュにより、既にF1シートを危ぶむ声もメディアでは散見された。はっきりと言うが時期尚早以前にナンセンスだ。

角田のレースキャリアは他のF1ドライバーと比べると極めて短く、それ故に将来は予測不能だ。しかしながらこれまでに都度その予測を上回る活躍をし続け、階段を一足飛びで駆け上がってきた。

一見して不可能とも思えるF1への昇格にも見事に応えてくれるのではないだろうか。そんな期待を抱かせてしまう彼は、間違いなくワールドクラスのプロスペクトである。F1での成功を約束する足跡を残してきてはいないが、少なくとも数年間はF1で見てみたい。そんな期待をファンのみならずチーム首脳陣が抱いているのは間違いない。だからこそトップティアに昇格できたのだ。

 

年間を通してミスや致命的なクラッシュを頻発させているならいざ知らず、ルーキーシーズンの前半戦とは「そういうものだ」という落ち着きも観る側には必要である。

良くて2年内、でも角田なら年内にどうにかしてしまうかもしれない。もしかするとそれすらも上回ってしまうのでは?

客観視したとしても、これが今までの彼の活躍を見てきた者が抱く正しい期待感だろう。

 

ここでは20年の12月に掲載されたFormula Scoutの記事を翻訳しその理由を補足する。

なぜ角田なのか?

formulascout.com

7月のレッドブル・リンクが開幕戦となる2020年シーズンのF2のラインナップがようやく完成した時、多くの候補者の中から誰かひとりのお気に入りを選ぶ事は難しかった。粒ぞろいだったのである。タイトル候補として大胆にも角田裕毅を選ぶ者はほとんどいなかった。ここを見て分かるように、Formula Scoutも含めてだ。

 

ヘムルート・マルコは日本人ドライバーに、シリーズ4位フィニッシュ(スーパーライセンスの発給条件)という注文を公言していた。だがこれは、彼らがレッドブルジュニアに現実的ではない程の高すぎる目標を掲げ、これによって頻繁に台無しにしてきた事例と同様のものに見えた。なんといっても角田は2019年になるまで日本国外でレースをした事も無ければ、F4レベルより上で走った事も無かった。その前の年に国内レースで優勝してはいたが。

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fiaformula2.com

だがご存じの通り、彼は初となるヨーロッパでの戦いでの進化をもって自身の存在を刻み込む事に成功していた。同じくレッドブルジュニアのモトパークでのチームメイトだったリアム・ローソンとEuroformulaでトップを争っただけでなく、イェンツァーから出走したFIA F3の挑戦を少しずつクリアしていったのだ。土曜日のスパでは表彰台に登り、日曜のモンツァでは勝利を挙げた。その年の終わりには2019年の非常に強力なグリッドの中で最も強いドライバーの一人となっていた。一度彼は既に期待を上回る事に成功していたのである。


だが従来の論理から言えば、それでもF2に上がったら同じレベルのパフォーマンスを維持する事は間違いなく無理な注文だろう。将来が有望である事は明らかだった一方で、その才能はまだ粗削りに見えたからである。ハイテックから出走したマカオGPの週末では、1度限りのチームメイト(同じくレッドブルジュニア)であるユーリ・ヴィップスが軽々とトップを走り続けており、それが彼には痛手となるように見えた。

 

F2シーズンの最初の1周でこの結論が証明されたかのようだった。角田がカーリンのチームメイトであるヨハン・ダルバラに突っ込んだのだ。しかしレッドブルのホームサーキットでの2週連続開催となった週末では、角田の特筆すべき学習能力、改善能力、そして失望を埋め合わせる高い能力を証明してみせる事になった。1週間後の予選ではポールポジションを獲得し、びしょ濡れのコンディションで行われた決勝ではレースの大半をリードした。


だがレース中盤では無線のトラブルにより角田の経験不足が露呈。ピットボードに表示されたウェットタイヤへの交換指示を確認するのに時間がかかりすぎてしまい、ロバート・シュワルツマンに勝利を奪われてしまったのだ。しかし角田はF2のルーキーでありながらすでに脅威となる事を示してみせた。

シルバーストーンでの初優勝は、プレマのチームメイトであるシュワルツマンとミック・シューマッハがスプリントレースで目の前で衝突したことによってもたらされたものだった。しかし彼はすぐに再びフィーチャーレースでの栄光を求め戦っている。スパでは2度目のポールポジションを獲得し、レースでは強硬策に出たニキータ・マゼピンとテイルトゥノーズのレースを繰り広げ、スチュワードが卑劣だと断じたディフェンシブなラインをハイテックのドライバーに強いた。その結果クールダウン・ラップで最終的には角田の優勝が決まった。角田はソチでもポールポジションを獲得しているが、このときはカーリンともどもシューマッハのシーズン最高の走りに対抗することができなかった。

 

だがカーリンのエンジニアであるマット・オグルは、彼が関わった限りのレースの中では角田のシーズンベストドライブはこの時だったと言う。オグルも同じくFIA F3からステップアップしF2初年度であったが、カーリンで複数年にわたって様々なカテゴリーを経験している。実際に彼は将来のF1スターと共に仕事をすることがどのようなものかを知っている。2017年にランド・ノリスがヨーロッパF3のタイトルを獲得した際のエンジニアを務め、その2年前には惜しくもタイトルを逃したが、アントニオ・ジョビナッツィと一緒に仕事をしていた。

 

オグルはシーズン最終戦バーレーンGPに先立って、フォーミュラ・スカウトに次のように語った。
「ソチのレース1のレース中が特に印象的だった。彼はレースを支配していたが、それからの代替戦略で何台かのマシンをパスする事に問題を抱えていた。ラインを外れてタイヤに大量の泥をつけてしまいすぐに3位に落ちたが、平静を取り戻し2位まで挽回した。これがこの1年間で彼がどれほど進歩したかを示していると思う」

 

勝利を得られなかったかもしれないが、角田のランキングと株は両方とも上昇した。ソチの後の2カ月間のF2活動休止期間中に、復活したイモラGPの開催後、2年落ちのマシンでテストを行いF1デビューに向けて準備を強化していった。マルコは角田がスーパーライセンスに手が届けば2021年には彼がアルファタウリからレースすることを明言していた。

 

シーズン最終戦バーレーンでのダブルヘッダーに至った際には、これらによってメディアからの注目が増大する事となった。さらにはタイトル獲得へのチャンスを持つ事、しかしながら未だにスーパーライセンス獲得のラインを越える位置にいないという事。この2つのプレッシャーがこれに加わる。このプレッシャーは予選で表れている。最初のフライングラップでスピンとストールを喫し、最後尾グリッドを余儀なくされたのだ。しかしカーリンの強力なペースを利用し、サヒールで6位まで挽回したフィーチャーレースは素晴らしかった。

 

ここまでの短いヨーロッパにおける結果が彼の逆境へ闘心を物語っている。モンツァでのFIA F3優勝と並んで彼の2019年シーズンを象徴するものとしてローソンとの首位争いがある。ユーロフォーミュラのスパで発生した衝突の事だ。2人のドライバーはその後チーム代表の反応を恐れたのか非常に荒んでいた。両者にとってこの衝突はユーロフォーミュラのシーズンにおける初めての事ではなかったのだ。だが角田はチームメイトよりも早くこの失意を乗り越えたようだった。

 

同様の素質が見られたのはF2の最終戦バーレーンの荒々しいアウターループでの事だった。前週のスプリントレースでは序盤の接触でパンクしていた。これが意味していたのは、スーパーライセンス獲得に向けてもうたった一度も悪い週末を送る余裕が無い事実だ。角田のシリーズ順位は3位から5位に後退してしまっており、彼のタイトルへの望みもほぼ尽きていた。完璧な週末を過ごしラウンドで最大値となる48ポイントを獲得してようやく、タイトルの可能性が発生する状況だったからだ。

だが予選では今季4度目のポールポジションを獲得しフィーチャーレースでは優勝。そしてスプリントレースではチームメイトのダルバラに次ぐ2位に入り、ファステストラップをも記録した。ラウンド最大値からは僅かに5ポイントであるポイントを獲得してみせ、シューマッハとヴィロトゥオシのカラム・アイロットがともに不調だったこともあり、タイトルから15ポイント、2位からは1ポイントの差まで追い上げたのである。

 

人生で最も重要な週末での角田のパフォーマンスはヨーロッパのレースだけでなく、2018年型のダラーラF2マシンに完全に自信を持てたドライバーの証でもあった。そこにカーリンの助けがあった事は間違いない。このイギリスのチームがレッドブル最新のF1プロスペクトの進歩に多大に貢献したのである。カーリンにとっては20年前の佐藤琢磨以来となる日本人F1ドライバー誕生への貢献となった。

日本の若手ドライバーがヨーロッパに向かう際にはまるで全く違う方向へ進んでいるように、言葉の壁やカルチャーショックが当然のようにつきまとうものである。しかし角田は今年、カーリンとうまく調和していることを示していた。

 

「メディアでは角田はシャイで内気な性格だと思われることがあるが、実際は全く違う」とオグルは言う。

「彼はとても面白くて生意気で、素晴らしいユーモアのセンスを持っている。いつもジョークを言っていて、たまに私をネタにするんだ。角田がシャイだという思い込みは彼と少し時間を過ごせば完全に消える。その思い込みの原因はインタビューの時にたまに片言になるからだろう。F1でレースするためにはこの点を改善する余地はあるが、エンジニアとの連携で後れを取るものではない」

デブリーフィングでは非常に率直だ。彼は次のセッションでどこをどうすればいいのかを常に把握している。また速く走るためにクルマに何を求めるのかが明確で、決して複雑過ぎたりはしない。何ヵ所かのバランスについて、そして残りはドライビングでどうにかしてしまう」

 

F2での複雑な要求に自分のドライビングを適応させる能力は印象的であり、それは価値あるものだった。18インチのタイヤを理解して最大限に活用することが、安定して結果を出す事に重要だった一年だからだ。角田のこの資質によって、パドックの投票で選ばれるピレリのエンドオブシーズン賞を受賞する事ともなった。

 

「それは自分にとって特別な事だ。2年間でピレリタイヤに慣れなければならなかったからだ。なぜなら昨年のFIA F3で初めてヨーロッパに来た。それにF2やF3で一番重要な事はタイヤについて学習する事だと思う」と角田は受賞式で語った。

「選手権で勝ちたければタイヤについてとてもよく理解する事が必要だ。カーリンから多くの経験を得た。どのようにドライブすればいいのか、より多くのレースでタイヤを良い状態にするにはどうすればいいのかを教えてくれる。そしてレースごとに学んでいき、最終的には、特に今日は、そして特にタイヤマネジメントの面で、シーズンを通して最高のレースとなった。この賞を与えてくれたピレリに感謝したい」

 

2020年の最初のレースから最後のレースまでで、角田の進歩の大きさが明らかに表れている。レッドブル(とホンダ)からのスーパーライセンス・ポイント獲得のための後押しにより1月にニュージーランドで出走したトヨタ・レーシング・シリーズでは、ハンコック・タイヤを装着したリージョナルF3の装備で、ローソンをはじめとするF3レベルのスターたちと対決した。チャンピオンには105ポイント(ラウンド毎に獲得できる最大ポイント数より多い)足りなかった。F1を目指すドライバーを研鑽するそのシリーズの2レース目で勝利を飾ったにも関わらず、Formula Scoutのシーズンレビューにも全く影響を及ぼしていない。

 

この時は既に日本以外のレースや新しい車両に乗るのは初めてではなかった。2019年の全てのシーズンでヨーロッパを舞台に車両を乗り換え続けていたのである。だがその時は歯車がうまくかみ合わなかったように見えた。ハイランズ・モータースポーツ・パークでの1勝の後に彼はこう述べている。
「新しいクルマ、新しいサーキット、すべてが初めてだ。クルマに慣れるのに本当に苦戦している」

 

この事実は予選では特に足を引っ張り、それから2回の表彰台しか上がれずランキングも4位に留まった。ただ少なくとも彼のバトルにおけるレースクラフトをアピールする事はできている。一番特筆すべきレースはプケコヘで16位から4位に浮上したものだ。しかしTRSを全体的にみると、日本人ドライバーを登用したいホンダとF1で活躍できる人材が欠乏しているレッドブルの思惑には沿わず、彼があまりにも性急にF1に向かって突き進んでいるという見方を払拭するには至らなかった。

 

だが角田がF2で見せた印象によってこの見解は徐々に覆されていった。そしてバーレーンでのファイナルラウンドのパフォーマンスにより最高潮に達する。ホンダが2021年末のショッキングなF1撤退を発表したときには角田の将来にすぐさま疑問符がついたものの、実際にはホンダの後ろ盾があろうとなかろうと角田はレッドブルにとって十分に強力なプロスペクトだったのだ。

スーパーライセンスの問題を除けば最大の問題は、レッドブルがアレックス・アルボンの代わりに外部のドライバーを起用する可能性であり、これによりアルボンをアルファタウリに戻してピエール・ガスリーと一緒に走らせたいという思惑だった。しかしもう一度言うが、角田のパフォーマンスを見れば他のドライバーに何が起ころうとも彼が来年のF1にいるべきドライバーだということがわかるだろう。

 

現行のポイントシステムで調整すると、2005年以降のGP2/F2でルーキーとして角田よりも多くのポイントを獲得したドライバーは9人しかいない。6人は現在もF1で活躍しており、2人は世界王者になり、1人は直近のフォーミュラEタイトルの2着である。

 

角田は今年どちらの意味でも単なるルーキーではなかった。FIA F3のチャンピオンであるシュワルツマンをはじめ、ライバルのマーカス・アームストロング、ダルバラ、クリスチャン・ルンガーなどの新人たちの中で、角田はFIA F3とより伝統的なフォーミュラであるユーロフォーミュラの両方を経験していたとしても、F4を卒業してから1年間しかレースに出ていないという意味で基本的には最も経験の少ないドライバーだった。

この経験不足は角田のF1参戦が早すぎるのではないかという懸念をまだ生じさせており、それは当然の事だといえる。レッドブルではダニール・クビアトが早々に昇格し、成長期間の不足から結局のところ長期的な代償を支払ったことがあったからだ。しかしクビアトとは異なり角田はF2でレースをしており、シーズン終了時にはF2を完全にマスターしていた。

 

もちろん角田は今年のランキングで勝ったドライバー達を相手に2年目のシーズンを続けて、期待が掛かる中でチャンピオン争いをする事で学び続けることもできたはずだ。あるいはスーパーフォーミュラでプロのドライバーを相手に別の挑戦をすることもできた。

だがこのように目覚ましい成長を遂げた角田の勢いは無視できないものがある。そして何よりも彼は来年のF1のグリッドに座る資格があり、どんな困難も乗り越えられることを証明しているのだ。