F2遅報

F2遅報 'Road to F1'

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Formula 2 チーム解説

FIA Formula 2 Championship は、F1直下で争われるジュニアフォーミュラの最高位カテゴリーに位置している。F1ピラミッドは 各国F4 > 地域F3 > 国際F3 > F2 > F1 の順番に構成され、上位に近づくほどヨーロッパを中心に開催される。

よってF2に参戦するチームは歴史的にヨーロッパのレーシングチームが多く、イギリス・イタリア・フランス・ドイツを本拠地とするチームが多い。とはいえF1チーム傘下の組織という訳ではない。すべてが独立したレーシングチームであり、F1を目指すドライバーを顧客としてサービスの提供を行っている。

Prema Racing(プレマ・レーシング)

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地元イタリアのフィーダーシリーズでは常に無敵を誇り、F3でも国際的に最強の名を欲しいままにしてきた。そのチームがプレマ・パワーチームだ。ヨーロッパF3時代においては、ランド・ノリスただ一人だけがこのイタリア北部の勤勉なチームに勝利し年間タイトルを獲得した。そのヨーロッパF3とGP3が統合し「プレマ・レーシング」と語尾を変化させて、F1ピラミッドのFIA F3に参入したのが2019年の事だ。GP3で無敵だったARTとの二大巨頭の決戦は、プレマの圧倒的勝利に終わる。そして現在までその勢力図は変化していない。

各メーカー系のジュニアドライバーにシートを提供してきたが、同じイタリアのフェラーリドライバーとの関係も色濃い。F4からF2までのエスカレーター教育は、さながら幼稚園から大学まで完備する名門私立校といったところだ。

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FIA F3シリーズを席巻するプレマ勢

そのフェラーリ、そしてアルファタウリに次ぐイタリア第三のチームを自認するプレマだが、2016年に育成カテゴリーのトップティアであるGP2に参入した。ピエール・ガスリーアントニオ・ジョヴィナッツィを擁しての初シーズンは、他のチームを蹂躙したとも表現できる。トップチームですら一方のシートにしかリソースを避けない事も多いこのカテゴリーにおいて、シリーズ1-2フィニッシュを遂げたのである。しかも初年度。ちなみにプレマが引き継いだLazarusのGP2エントリー枠は、元をたどるとF3000で大活躍したSuper NOVA Racingである。NOVAは某駅前のNOVAで井上隆智穂との関りも深かったチームである。

そしてFIA F2誕生の年となる2017年にシャルル・ルクレールが加入。満を持してフェラーリ育成史上最高の神輿を持って巡礼地を駆け回る事となった。結果はもちろん他を蹴散らしシリーズを制圧。バーレーンのスプリントレースにおけるルクレールの走りはF2の伝説となっている。チームランキングは惜しくも2位だったが、前年に続くジェノサイドによりフェラーリの育成に賭ける本気度が示された。

(F2の伝説となったルクレールバーレーンGP レース2ハイライト)

 

翌年の2018年にはニック・デ・フリースがシートに座り、アルボンに次ぐ僅差の4位を獲得。同僚を務めたショーン・ゲラエルが下位に沈んだ事もあり、チームランキングは5位に終わる。赤い選手の不在により若干勢いを落としたが、翌年にはフェラーリが待ち焦がれたファミリーネームを持つ男、ミック・シューマッハFIA F3より昇格した。

ミック・シューマッハのF2ルーキーイヤーとなった2019年は予想外の不振を極め、下にはトライデントしか居ないチームランキング9位にまで後退。だが翌年にFDAフェラーリ・ドライバー・アカデミー)のシュワルツマンを迎えると、シューマッハとシュワルツマン、それにヴィロトゥオシのアイロットを加えた3人のFDAドライバーがシリーズを席巻する事となる。この結果、2020年はシューマッハがシリーズを制覇。シュワルツマンはルーキーイヤーながら最多勝を獲得し、プレマは16年以来のチームタイトルを獲得する。

 

21年はシュワルツマンが残留しカーナンバー1を背負う。同僚には20年のFIA F3王者でルノー育成のピアストリを迎え、シリーズ2連覇を見据えている。

 

UNI Virtuosi Racing(ユニ・ヴィロトーシレーシング)

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2013年にロシアンタイムがGP2に参入。このチームはロシアの実業家Igor Mazepaが出資し、モトパークが運営を担っていた。2014年にMazepaが急死すると、同年限りでモトパークが撤退。ロシアンタイムの名は存続する事となったが、アルテム・マルケロフの資金が流入した。2015年からはヴィロトーシがマネジメントを担い、その後マルケロフの父が逮捕されるとロシアンタイムの看板が消滅した。ヴィロトーシがそのままチームを引き継ぎ現在に至っている。

ロシアンタイム時代は初年度の2013年と17年にチームタイトルを獲得し、ヴィロトーシとなってからは20年までに2年連続の2位を達成した。新興チームと呼べるかは微妙だが、近年では強豪の一角を形成しマルケロフの離脱後も有力ドライバーの加入を呼び込んでいる。20年は新たに導入されたタイヤにいち早く順応し、FDAのアイロットが最多ポールポジションを獲得した。レースペースではプレマに劣り、チームの実力が試されるフィーチャーレースでは2勝にとどまったが、21年も優勝争いの常連となる事は間違いなさそうだ。

 

Carlin(カーリン)

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カーリンはヨーロッパのジュニアモータースポーツ界の巨人である。育成に分類されるカテゴリーに頻繁に出没し、特にイギリスF3においての常勝チームだ。過去には佐藤琢磨もこのチームに所属し、イギリスF3とマカオGPでの優勝を遂げている。

2010年からはマックス・チルトンの多額の投資により生まれ変わり、チルトン家との繋がりが強化された。チルトンのF1参戦やインディ参戦をサポートし、2018年からはインディカーシリーズにもチームを立ち上げて参入。念願のトップカテゴリーの土俵に立った。過去にはF1への新規加入も計画したが、その都度FIAに却下されている。

 

2019年には初年度のFIA F3チームの一員となっている。また同年は日本企業のBuzz Asset Managementとタッグを組み名取鉄平を擁して出走した。Buzz~社はREBELLION JAPAN(本家レべリオンはモータースポーツ活動より撤退している)のブランドで日本でのモータースポーツ活動を行う長谷川大祐に連なる企業である。同社は同じくカーリンよりF2に再参戦した松下信治のスポンサードも行っていた。カーリンは全日本F3にも OIRC team YTB とコラボして参戦する等、2019年には多くの日本のモータースポーツと関係した。

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FIA-F3でのカーリンのマシン

F1のみならずインディカー等幅広いモータースポーツに多くのドライバーを輩出しており、GP2には2011年にマックス・チルトンをサポートする形で初めてエントリーした。それ以来、F2初年度の2017年を除き毎年このティアに参戦している。近年では2018年にチームタイトルを獲得。同年所属したランド・ノリス、20年には角田裕毅がF1への昇格を果たしている。

 

Hitech Grand Prix(ハイテック GP)

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ハイテックは2003年からイギリスF3に参戦するが、その後レース活動の拠点を南米でのF3に移した。以降細々とレースチームを維持してきたが、元レッドブルジュニアのOliver Oakesが27歳で2015年に代表に就任して状況が一変。毎年のように参戦シリーズを拡大してきた。

2016年にはジョージ・ラッセルニキータ・マゼピンと共にヨーロッパF3に参入。初年度ながらラッセルは常勝のプレマ勢と互角以上の戦いを展開しF3界隈に衝撃を与える。ヨーロッパF3の消滅後は、モトパークとのエントリー枠競合を制しFIA F3に参入した。以来一貫してプレマ、ART、トライデント、ハイテックと1強+3の勢力図の一端を担っている。2019年にはWシリーズとF4国別対抗戦を立ち上げた後、翌年の2020年にはF2に加入。F2では11番目のチームとなっている。またWシリーズの運営からは撤退した。

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レッドブルーカラーの Hitech F3マシン

拡大路線の背景にはドミトリー・マゼピンから流れる資金があると思われる。ドミトリーは21年にF1に昇格したニキータ・マゼピンの父親である。ニキータのレースキャリア初期からハイテックは彼をサポートし、ドミトリーがCEOを務めるウラルカリは、彼がF1に昇格した後もハイテックのタイトルパートナーを続けている。さらにチームパートナーにはレッドブルジュニア、ホンダドリームプロジェクト(HDP)も名を連ねており、今後の更なる躍進への備えは十分に見える。

今後もレッドブルジュニアとの関係はより強化されていくと思われ、同じくレッドブルと繋がりの深いArdenの名前がF2/F3で消滅した事がこの推論を裏付ける。F3のみならず、F2においても今後レッドブルジュニアの受け入れ先となる事が予想されていた。この予想通り21年にはユーリ・ヴィップス、リアム・ローソンの2名のレッドブルジュニアがF2チームに加入。この他HDPともパートナーとなっている事から、日本でのレース参入も噂されるなど、近年最も勢いのあるチームのひとつだ。

ART Grand Prix

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このチームはフレデリック・ヴァスール(前ルノーF1・現アルファロメオF1チーム代表)とニコラス・トッドが創業した。F1にプロデュースしたドライバーには枚挙に暇がなく、ルイス・ハミルトンもこのチームでGP2タイトルを獲得しF1昇格を果たしている。

GP2が誕生して以降のチーム内におけるドライバーランキングで、高い方の順位だけ見ていく。1~3位にドライバーが食い込んだ年が多く、GP2では2008年のロマン・グロージャンの4位が最も低く、F2では2017年の松下信治の6位が最も低い。確かな強さをF2時代に入っても誇っており、さながらスーパーライセンス請負チームである。以前のように毎年F1ドライバーを輩出するとまではいかなくとも、近年ではラッセルとデフリースのシーズン制覇は圧倒的だった。無敵状態だったヨーロッパF3/GP3時代の実績も相まって、ジュニアカテゴリー界の王者でF1への登竜門となる印象が強い。ただ近年のF2では一方のドライバーしかポイントを積めない年が多く、競争力のあるマシンを2台用意できる体制では無いのかもしれない(ARTの2台目の呪いと言われる)。

20年は新導入の18インチタイヤに適応できず史上最悪の低迷を経験した。クリスチャン・ルンガーが7位、マーカス・アームストロングが13位、チームランキングは5位にとどまったが、上位勢には太刀打ちできなかった。21年はアルピーヌジュニアのルンガーが残留するほか、弱冠17歳の天才、セオ・プルシェールが加入。再浮上を期する。

 

MP Motorsport

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オランダを拠点とするレースチームであるMP Motorsport。2000年代前半よりマノーと提携してフォーミュラ・ルノー2.0に参戦しており、GP2シリーズには2013年に参入。前年に突如撤退したRapaxのエントリー枠を引き継いだ。その後F2となってからも継続して参戦を続ける。2016年からはF4事業にスペインとロシアでそれぞれ参入しシリーズを席巻。またGP3にも2018年より加入。フォーミュラEに専念するDAMSよりエントリー枠を受け継いだ形だ。そしてFIA F3となって以降も参戦を続けている。

前述のフォーミュラ・ルノー2.0が21年よりFormula Regional European Championshipと統合となる事が決まり、同シリーズにも参戦予定となっている。これによりFIAが用意した F4/FR/F3/F2 の育成カテゴリー全てに参加する事になり、F1への梯子を完備した稀有なレースチームとなった。20年には松下信治とフェリペ・ドゥルゴビッチを擁し、フィーチャーレースの2勝を含む4勝を挙げた。FIA F3では育成選手を預かる事も多く、F2での躍進によって今後一層の成長が期待できる。

 

Charouz Racing System(チャロウズ・レーシングシステム)

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チャロウズ・レーシングシステムはチェコに拠点を置くレースチームである。フォーミュラ・ルノー 3.5 に参戦しており、後継の フォーミュラV8 3.5においては最後の王者となった。この時にタイトルを獲得したドライバーがピエトロ・フィッティバルディであり、20年にはロマン・グロージャンの負傷によりHaas F1よりスポット参戦している。フォーミュラV8 3.5のシリーズ消滅に伴い2018年にF2に参戦した。

 

F2にとっては加入3年目となる新興チームであるが、2018年末には現アルファロメオF1の母体であるザウバーとジュニアチーム契約を結んでいる。時を同じくして発足したザウバー・ジュニアチームから、カラム・アイロットとファン・マヌエル・コレアが派遣され、この編成で2019年を戦った。

しかしコレアがスパの痛ましい事故により離脱し、アイロットはヴィロトーシへ移籍した。その結果20年開幕時にはザウバー・ジュニアが不在となった。そしてチームの看板からも同ジュニアの名前がひっそりと消されている。主だった公式発表はなく、チャロウズとアルファロメオF1の現在の関係は謎である。

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2019年 カラム・アイロット  ザウバーカラーのスーツ を着ている

ザウバー・ジュニア自体は2018年末に発足し、2019年にはCharouzと共にF4~F2までの育成フルラインナップ参戦を発足初年度に達成している。カラム・アイロットやシャルル・ルクレールの弟のアーサー・ルクレールFIA F3で活躍したLirim ZendeliとTheo Pourchaireが当時所属していた。

F1までのステップをフル構築したのだが、僅か1年後の20年にはPourchaireのみがシングルシーターで活動。その彼もARTのシートで21年F2出走が決まった。提携発表から1年にも満たず両チームは別々の道に分かれたようだ。

 

またドイツF4ではラルフ・シューマッハのレースチームとタッグを組み参戦し、20年はラルフの子息であるダビッド・シューマッハもF4チームを経てF3の同チームに加入。日本生まれのブラジル人で、グランツーリスモ王者であるイゴール・フラガも同チームからF3に参戦している。しかしダビッド・シューマッハは成績不振からシーズン中に移籍をしており、ラルフ・シューマッハとの各種コラボレーションも終焉に向かった。

F2での優勝は18年の1度のみであるが、毎年複数回の表彰台を獲得するなどマシンは一定の戦闘力を発揮している。スプリントレースでは脅威になれるチーム力を有している。

 

DAMS(ダムス)

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創業者が元F1ドライバー というのはレースチームあるあるだが、Jean-Paul Driot もその一人でDAMSを創設した。Formula Eに初年度から参戦してチームタイトルを獲得しており、現在では日産とタッグを組んでいるので日本での知名度も比較的高いだろう。GP2にも初年度から参戦し、2007年にはトヨタ・ドライバーズプログラムと連携する。中嶋一貴小林可夢偉もDAMSを経てF1に辿り着いた。トヨタ撤退後はルノーと提携。ホンダファンの間で悪名高いエリック・ブーリエがルノーF1代表に就任した事によるものだ。彼はDAMSのテクニカル・ディレクターの職に就いていた。ブーリエはかつてのトヨタの功績者でありホンダの仇というわけだ。その後ルノーがF1から半撤退してLotus時代に移行した際、F2におけるロータスの興味がARTに偏った。そしてF2においてDAMSのルノー色は希薄になり現在に至る。

F3000時代にはホンダF1でも活躍したオリビエ・パニスを輩出。中嶋・小林のトヨタ勢はもちろん、ロマン・グロージャンケビン・マグヌッセンジョリオン・パーマールノー勢、近年ではピエール・ガスリー、ニコラス・ラティフィ、アレクサンダー・アルボンが同チームを経由した。

 

 Campos Racing(カンポス・レーシング)

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生粋のスペインチームのカンポスレーシング。何かと日本人ドライバーとの結びつきもある。SFドライバー育成を目的とした日本チームもEurofomula Openに今季参戦したりと、日本とスペインのモータースポーツは親和性が高いかもしれない。

チーム創業者のエイドリアン・カンポスは過去にはフェルナンド・アロンソを発掘した人物であり、複数の著名ドライバーもこのチームに過去在籍している。最近ではSFとインディで活躍したアレックス・パロウも当チームのF3に在籍していた。

 

プレマを除けばこのあたりの中堅チームから〇〇育成と呼ばれ優遇されているドライバーの名をあまり耳にしなくなる。だが過去にはロマン・グロージャンセルジオ・ペレスといった、後にF1に昇格する著名ドライバーが所属していた事もあり、一時期は盛隆を誇った。もっとも最盛期のほとんどの記録はカンポス名義ではない。チーム成績がピークに達した直後にエイドリアン・カンポスがGP2事業を売却しF1に新規参入を目論んだからだ。だがチームはそのままの形で引き継がれているので、このスペインチームの歴史の一部と言ってもいいだろう。

その後F1参入に失敗したエイドリアン・カンポスはチームを買い戻しGP2に復帰した。その後低迷するシーズンが現在まで続く事となるが、2019年にエイトキンの活躍によってようやく復活の兆しを見ている。引き続きエイトキンが所属した20年は一転して低迷。長いトンネルの出口はまだ見えておらず、21年のシーズン開幕前にはエイドリアン・カンポスが60歳で急逝した。

 

HWA Racelab

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長年参画してきたDTMを撤退し、Formula Eでメルセデス AMGの参戦をお膳立てしたもののチームに名前が残らなかったHWA。そして彼らが次に求めた居場所はシングルシーターの育成カテゴリーであった。19年にGP3からFIA F3となったシリーズに参戦。無敵のプレマがF3を支配する中で、ルーキーイヤーとしてまずまずの成績を収める事に成功した。その流れの下で2020年からF2に加入した。前年に提携したアーデンのエントリーを引き継ぐ形での参戦であり、HWAが育成カテゴリーでの主役級に躍り出る期待を孕んだ参入劇である。

 

だが昨今では育成カテゴリーにジュニアチームを保有する手法は流行っていない。フェラーリとプレマの関係に象徴されるように、育成選手を融通の利く有力チームに送り込む方式が一般的となる。レッドブルとの関係が強いArdenがHWAにエントリー枠を譲った事からもその傾向が窺え、メーカー系とも言えるF2チームの誕生は何を意味するのだろうか。

参戦初年度の20年は苦しいレースが続き、ほとんど映像に映る事もなかった。所属したマルケロフによれば方針が定まっていないようであり、21年の活躍も難しいように思える。F1撤退を望んでいるとも伝えられるメルセデスは、今後のジュニアカテゴリーにどのような将来を見据えるのか。

 

Trident(トライデント)

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F2とF3の両方を見るのであれば、トライデント言われて思い浮かぶのはF3マシンの方ではないだろうか。まだFIA F3がGP3だった2012年から参戦し、名称が変わった今季も参戦を続けている。GP3では2015年あたりから安定した成績を残すようになり、ARTに次ぐ2番手~3番手のチームに躍進した。FIA F3となってからもその立ち位置は変わらず、2020年は強豪ARTをついに上回り、プレマに次ぐチームランキング2位を達成した。チーム名もロゴも「三又槍」であり、3台を走らせるF3にチームカラーがマッチしている。

F3の事にばかり言及するのは、F2での目立った実績が無いからだ。GP2に参戦する為に2006年にイタリアで立ち上げられたこのチームだが、GP3/F3の有力チームへと変貌を遂げている。

その一方でGP2は14年のチームランキング6位を最後に下降線をたどった。FIA F2にシリーズ名称が変わってからは毎年最下位を独走。11チームにエントリーが増えた20年はポイント圏内を走る事がほぼ出来ず、僅か5ポイントの獲得に終わっている。

 

20年は19年F2にスポット参戦をした佐藤万璃音が加入。少しだけ日本での知名度も上がったかもしれないトライデント(そんなことない)。所属した日本人ドライバーは2人目で、現在SuperGTで活躍している平手晃平が2007年にこのチームでGP2を舞台に走った。日本に所縁のあるドライバーではLMP1トヨタ7号車のマイク・コンウェイが所属していた。佐藤は21年も継続してトラインデントから参戦。開幕前のテストでは好タイムを出しおり、最弱の称号を返還する日は近いかもしれない。