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F1ドライバーを指導する男

ナイジェル・マンセルをはじめ現代に至るまでの数多くの、さらに言えばほぼ全てのF1ドライバーを指導した事がある伝説のコーチを、以下の記事を引用し紹介する。「Rob Wilson」とYoutubeで検索してみるといいだろう。

www.automobilemag.com

もし世界トップクラスのドライバーにコーチングが必要になったら、ドライバー達はこの男のもとに現れる。冗談抜きに。

 

ロブ・ウィルソンは彼が信頼するNokia製6210携帯電話のストップウォッチを見た。
「1:50.4のタイムはタバコ一本分に値する」と、祝福の意を込めて私の肩を軽く叩きそう言った。

 

「いい朝だ」

 

廃棄され植物が青く茂ったボーイング747のそばにロブを降ろし、ブレーキを冷却する為に滑走路の端まで流しながら回り彼を再び拾う。

 

「よし」

 

ロブは再びこの198馬力の控えめなエンジンを載せたこの車の助手席に座る。ボクスホールのアストラ・ハッチバックだ。

 

「昼食にしよう。そうしたら次のターゲットタイムを設ける。そしてもう一度だ」

 

それが彼のやり方だ。彼は午後にはさらに10本のマルボロレッドに火をつけた。その最中では私の運転技術を少しずつ崩しながら、また私は少しずつラップタイムを削ていった。

 

ここはイングランドの片田舎、レスターシャーにあるブランティングソープ試験場だ。そして彼の2つ目の拠点である。F1、インディカーDTM、WEC、WRC、そして数えきれないほどのプロレースカテゴリーの優秀な選手達がこの地に赴き、彼の指導を受けて技術を磨いた。そう、ボクスホールのアストラ・ハッチバックでだ。

 

キミ・ライコネンファン・パブロ・モントーヤバルテリ・ボッタス、マルコ・アンドレッディ、ペター・ソルベルグ。頭の中に浮かぶ限りのプロドライバーたちは、おそらくこの旧アメリカ空軍基地において、ファミリーカーを使ったロブ・ウィルソンの指導を受けている。


時折彼らはウィルソンをコンマ1秒上回る事もあるが、それほど多くはない。彼は広告を載せておらず、無意味で刺激的なウェブサイトをビジネスで用いることもない。ウィルソンを雇いたければ、彼の電話番号を知っている人に聞くほかない。幸運な事にハイレベルなモータースポーツにおいては、全ての人が彼の番号を知っている。

 

「昔はよく彼らのもとに行ったけどね。しかし飛行機での喫煙が禁止されてしまったのさ」

 

F1チームが自身の若手ドライバーの腕を磨かせるため、または経験豊富なレーサーの絆創膏として求められる人物、つまりスター達のヨーダに彼はどうやってなったのか。


ウィルソンもまた、予想通りレーサーとしてキャリアをスタートしている。彼は故郷のニュージーランドを可能な限り早く離れ、イギリスでレースをしていた。フォーミュラ・フォード、そしてF3だ。彼は速かった。そして1981年のスパにおいて、ティレルのドライバーとしてラインアップされた。だがそれはレース数日前にミケーレ・アルボレートが資金を持ち込むまでの話だった。金がものを言う世界である。これによってシートを奪われ、F1への夢は絶たれた。それからウィルソンはアメリカで長年にわたってレースを続け、NASCARIndy Lights、そして可能な限り全ての舞台で走った。

 

転機は80年代後半に訪れた。自身のF3マシンが故障し、何もする事がなくシルバーストーンのStoweセクションに立っていた時だ。彼はリッカード・ライデルとグレイ・ブラハムをタイムを確認しながら見始めた。ブラハムは驚くほど早くスロットルを開けてとても速そうな音を上げていたが、ライデルのほうが実際には速かった。ウィルソンは原因を突き止めてブラハムに助言した。そしてブラハムは本当にタイムを伸ばす事ができたのである。突如としてウィルソンはドライバーコーチに転身し、最初のころはグッドウッドを拠点として使った。ウィルソンは2000年台までレースキャリアを続けたものの、彼の本当の才能は明らかであった。彼は最高をさらに押し上げる事ができるのだ。

 

「君は伝統に則ってグリップの限界を見つけて、幾何学的に完璧なラインを走っているように感じていると思う。でも知ってるかな。それほど前に進んでいない」

 

ブランティングソープはこの日、嵐によって発生した劇的で不気味な雲によって日光のもとに脅かされている。古い飛行場が余すことなく綺麗に見えている。しかしそれでも、きらめきを放ち、かつ暴力的で、カーボンファイバーと札束に満たされたトップレベルのレースからは百万マイルも離れている。

 

想像したかもしれないが、ウィルソンはF1とインディカーのサーカスからは離れているに等しい。彼はニュージーランド人で65歳だ。そしてニコチンへの飽くなき欲求を持っている。もしバーで彼に会って何をしていたのかを聞けば、その言葉を信じることはほぼ出来ないと思う。彼が装飾をせず、面倒がらずに話したストーリーはあり得そうもない話だ。今日は彼は私をコーチングし、先週はF1ルーキーのランス・ストロールだ。彼はここまで苦しんでいるが、ここ2レースは不振の淵から脱却できたように見える。

 

「彼はよくここにきているよ。これ以上はない状態だ。そこまでは期待していなかったよ」

 

さらなる逸話はまた後ほど。まずは、なぜ彼がアストラ・ハッチバックを使っているかについてだ。

 

「それは完璧だからさ。本当のことだ。良いシャシーを備えているだけではなく、とても静かで乗り心地が良い。だからコミュニケーションが簡単にできる。そして車の中でミスを冒すと、それをかなり長い時間味わう事になる。まだそのミスの代償を支払っている最中に、何が間違っていたのかを話す事ができるのさ」

 

ボクスホールは以前はGM、今はPSAの傘下にある。そのボクスホールからウィルソンはアストラを3台供与されている。1日あたり1セットのタイヤと、1週間あたり1セットのブレーキ、そしてそれぞれの車は5000マイル程度の走行距離を保っている。この日のタイヤは、ミシュランを左フロント、ブリジストンが左リア、サニーのSN3970って呼ばれるものが右フロント、Avonが右リアだ。

 

「ほとんどのサーキットは右回りだ、どのみちね」

 

ウィルソンはニヤリと笑ってみせた。これが道具である。そしてテクニック面はどうだろう。

 

「全てのことが世界で一番大事なことだ。最初の世界で一番大事な事は、体を動かす速度だ。これが最初の荷重移動を作り出す。コーナーが間近に迫った時、"左に曲がれ"と私が言う。君は左に曲がりたいだろう。だが一定の大きさで曲がりたい訳ではないのだ。一番小さく回りたいんだ。一番小さい量でね。それを見ることさえできないほどに。」

 

これが車の能力を最大化する、荷重移動におけるウィルソンの執念であり基礎だ。微細な事まで取り込み、ほぼ気づく事がないであろうタイヤロック、そしてエイペックスをより勢いよく駆け抜ける車の操作方法を伝授する。

 

"flat car" についてもまたよく言及する。ステアリングを切る角度が少なければ、より大きな加速を得るという理論だ。この裏にある物理的特性は明らかだろう。これを実現するには、まずは極小の重量移動をしてから、次第にステアリングを切ってエイペックスに進入する。タイヤ摩耗のペナルティが最小となるターンの中央で、自然に見えるよりも少しだけタイヤをロックさせてコーナーを短くし、積極的に車をストレートに保ってコーナー出口へ向かう。

 

「価値観を変える事だ。君は伝統に則ってグリップの限界を見つけて、幾何学的に完璧なラインを走っているように感じていると思う。でも知ってるかな。それほど前に進んでいないんだ。タイヤが削れるのを感じると最悪な気分になって欲しい」

 

このウィルソンのテクニックの概論は1時間は続いたと思う。どうやってコーナーを短くするか議論した。ノーズが落ち込み、リアが持ち上がる。その前にリアがちゃんと反応するか確かめる為にブレーキを軽く踏む。それなりの速度の中での一瞬のブレーキング操作だ。そしてそれら全てがレースの各シナリオにおいて、車体に掛かる負荷を軽減する。

 

「コーナーを短くすればタイヤの減りは少なくなる。だからコーナーの真ん中では少しロックするんだ。負荷のピークを高める事。少ない負荷を車10台分の長さ続けるの代わりに。もし手を赤くなったストーブの上に百万分の一秒間だけ手を置いたとしても、火傷することはない。でも半分の温度に数秒間置いた場合はどうだろうか」

 

シンプルである。それからウィルソンは彼の独特なサーキットを紹介してくれた。滑走路上にあるコーナーと、いくつかのコーンで作られたシケインとジグザグラインだ。

 

モナコのローズヘアピンだ」

 

彼は滑らかに車を走らせたかと思えば、時折明確に車を動かす。弧を描くラインは伝統的な長いものではない。"短縮化したコーナー"をみるのは劇的であり、驚くべきものだ。車はグリップの限界で滑らかに優雅にサーキットの端をターンするのではなく、むしろ彼はそれから逃れるようにストレートラインを取る。そして彼が繰り返し主張するコーナー中央でのステアリング操作が終わった瞬間、加速度が大きくなるのを感じるのだ。それは思考限界の境界線上にあり、私の脳細胞がロケットで打ち上げられるようだった。この男はナイジェル・マンセルコーチングしたのだ。これから自分のスキルを彼に見せないといけないのか?誰か殴り倒してくれ。

 

幸運な事にこの講師は忍耐強く、穏やかさを保つ事ができる。もし私のターンインが速すぎたとしてもだ。タイヤは幅広く削られ、コーナー脱出時にはひどくホイールスピンをした。最も大事なことは、生徒に良くなってほしいとの彼の思いを感じる事ができる事である。物事を正しく理解し、そして最高の満足感を得る事をこの講師は望んでいる。

 

正直に言うと最初の数ラップは醜かった。おそらく自己流で運転したほうがマシだったと思う。しかし少しずつ車の反応を感じて歯車が噛み合いはじめ、正確さが増していく。最初のステアリング操作、そしてコーナー中央でのタイヤロックは車を真っすぐに走らせ、コーナー出口へ車を導く。優しく、そして明確なブレーキングは車をより水平に保ち、コーナー進入時の安定性が増す。タイムはかなり良くなり、1:50.4はターゲットタイムから0.8秒も早かった。

 

昼食後に彼が設けたターゲットタイムは衝撃的だった。1:48.8。そのタイヤでそれだけ走れれば良い。と彼は言った。ミシュランタイヤを四本付けていれば1:47.2か、それとも1:46秒台までタイムを伸ばせるだろうと。地元のパブのローストビーフのランチが私を遅くさせるのだが。1:50.6を記録し、コーンを次々となぎ倒した。間違った方向に進んでいるように感じたが、それでも最後の数週には歯車が噛み合ってきた。ヘアピンでの操作は完璧に近く、ウィルソンのラインの本質を引き出すようだった。そしてブレーキングとハンドル操作技術も上達し最後の2つのコーナーではかなり感触が良かった。

 

そしてタイムは1:48.7。重要なバックストレートセクションの攻略でひとつミスをしていたのにも関わらずだ。

 

「素晴らしい。スピードを身に着けたな。君を速くしたんじゃない。君が正しい事ができるようになったのさ。進歩が自分でも分かるだろう。1:47秒前半まで君がタイムを伸ばせるなんて想像できなかっただろう。君はレーシングドライバーへの道程に居るんだよ。ただレーシングカーを運転できる人とは違う」

 

「インディチームのいくつかは、新たなテレメトリープログラムで"ロブ・マトリクス"なんて呼ぶんだ」

 

私は喜びと逸話、そしてアドバイスとともにそこを離れた。ロブ・ウィルソンはファンタスティックだった。本当に驚嘆すべきことは、テレメトリーがデジタルのこの世界において、彼の技術はさらに重要になっている事だった。そして今ではBMWDTMチーム、ポルシェのWECドライバー、そしてほぼ全てのF1チームの理解を補助している。彼はコンピュータの画面のテレメトリーの痕跡の間に何があるのか調べ、その波線が何を表せていないかを示すのである。

 

「今ではエンジニアもここに来るんだ。彼らはここで感じたものをテレメトリーの値から得た知識と融合させる。今では彼ら全員が最初の5%の重量移動を測定しようとしているんだ。インディチームのいくつかは、新たなテレメトリープログラムで"ロブ・マトリクス"なんて呼ぶんだ」

 

と彼はお気に入りのマルボロの煙を漂わせて言った。誰が最高の中で最高なのか、彼に聴かずに立ち去る事はできなかった。

 

「キミは大好きだよ。たぶん彼だけはひいき目なしで見れないと思う」

 

ウィルソンはライコネンの幼年に長くともに過ごし、大きな愛情を彼に対して抱いている。OK。それでは2番目は?

 

「マンセルはF1でタイトルを獲得するまでコーチングした事はなかった。彼はその直後にアメリカでレースを始めている。でも実際コーチングをしてみると、彼は本当に巧みで、彼の理解力は信じられなかった。車に乗ると猛獣になるという彼の評判は、全くもって奇妙だ」

 

じゃあ3番目は?

 

「みんなが3番目さ。そこが肝要なんだ。全員が3番目だよ」