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F2遅報 'Road to F1'

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欧米と日本のフォーミュラ

まえがき

日本のフォーミュラが下火になってから幾年が過ぎただろうか。この記事では日欧米のプロスポーツの概念の違いから、日本のフォーミュラを客観視しようと試みている。

第一に、誰かを批判する意図でない事は理解していただきたい次第である。

まず前提条件として、日本のフォーミュラの成り立ちを説明する。

第二に、日本のフォーミュラの特異性を示す。

第三に、日本と欧米のスポーツへの取り組みの違いを示す。

結論としては、どうすればこの競技の衰退を止めて再興を期せるのか、という提言を行う。

 

調べ書き進める中で、今まで漠然とした認識がクリアになる感覚を持った。ぜひ多くの人に読んでもらい、賛否含め議論が活発化すると嬉しい。

地域毎のカテゴリー

日本のモータースポーツの規模は意外にも大きい。ヨーロッパ、北米、そして日本がモータースポーツの3大拠点である。F1を頂点としたフォーミュラにおいても同様で、それぞれのヨーロッパ諸国においても国内大会は存在するものの、F3を超えた規模のレースシリーズが一国で開催される事はほとんどない。F2規模のレースをトップカテゴリーに据え、ジュニアフォーミュラまで存在する国や地域は実質この3か所のみである。

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www.fiaformula2.com
現在のヨーロッパ地域ではF4、FR、FIA F3/F2と、Road to F1 を標語に掲げたジュニアカテゴリーが整っている。大西洋を挟んだ北米ではこのヨーロッパの仕組みに準拠したF4とFRが存在し、それに加え北米独自のプロフェッショナルシリーズであるインディカーを頂点とした Road to Indy が存在する。
 
日本では1973年に当時のF2を規範とした全日本F2000選手権がスタート。これをトップカテゴリーとした国内の各シリーズがJAFによって設立された。これが国内ジュニアフォーミュラを含む歴史の起点となっている。
この国内フォーミュラはバブル期にピークを迎え、現代に至るまで緩やかな衰退の歴史をたどっている。歴史を通して見ると日本人F1ドライバーに限らず、シューマッハ兄弟を始めとする多数のF1ドライバーがこのカテゴリーを通過した。近年ではストフェル・バンドーンやピエール・ガスリーが日本を経由している。

日本のフォーミュラの異質性

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Twitter:@IndyCar

ただ最も後発である日本のフォーミュラシリーズは他と比べるとやや異質だ。

北米、つまりアメリカ合衆国のフォーミュラの主流はインディカーであるが、これはF1との関連性がほとんど無い独自のシリーズである。インディカーインディ500をメインレースとして旧チャンプカーから分離独立したシリーズだ。チャンプカーを主催していたCARTの破産により、今では北米唯一のトップフォーミュラシリーズとして君臨している。

チャンプカーは歴史的にはF1と世界的な人気を二分していた時期もあり、この流れを汲むインディカーは、格式だけで見るとF1と肩を並べるトップフォーミュラとも言える。つまりはアメリカの地でいちから芽吹いたフォーミュラなのだ。

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Twitter:@SUPER_FORMULA

一方の日本のフォーミュラだが、前述の通り全日本シリーズ発足当初からF1直下のカテゴリーであるF2に倣ったものである。その後に欧州F2がF3000に移行すると、全日本F2000(F2)も全日本F3000へと移行した。

だがこれは欧州のF3000とは似て非なるものとなる。加熱する人気とバブル期の好景気の相乗効果により、多くのスポンサーが参入した事が要因である。この時期の全日本F3000シャシーとエンジンこそ欧州F3000と同等のものであったが、豊富な資金の下で各チームのエンジンチューナーやパーツサプライヤー、そしてタイヤメーカーがしのぎを削る舞台に昇華していった。

そしてついに日本のフォーミュラは欧州とは別の道を歩む事を決断する。現在のスーパーフォーミュラはこの流れの先にあり、日本独自の規格を用いたトップフォーミュラとして位置付けられている。欧州発のジュニアフォーミュラは遠く離れた日本の地で独自の進化を遂げたのだ。

景気後退の影響

しかし一番の特徴はマシンではなく、景気の時勢に大きく影響を受けるという構造だろう。例えばバブル期にはそれぞれのレースで30台以上がグリッド上に並び、予選での淘汰も頻繁に発生していた。しかし景気後退後にはトップカテゴリーですら僅か13台にまでマシンが減少している。これはその都度の自動車メーカーの取り組みがスポーツ自体に影響を及ぼす事を表している。

 

北米においてもフォーミュラはチャンプカー消滅による変遷からの衰退の途上であるが、これは景気後退が原因ではなく内部抗争の結末である。抗争に伴う混迷期に人気をNASCARに奪われた事が一番の原因である。欧米でも各企業が大会規模がに影響を及ぼす事は少なからずあるが、特にその傾向が顕著なのが日本でのフォーミュラカテゴリーである。

例えばホンダのF1への取り組みがこれを如実に表している。その都度にファンの増減を繰り返し、結果としてはフォーミュラの文化が日本に根付く事はなかった。その証拠は現在の日本におけるジュニアフォーミュラを見れば分かる。

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Twitter:@SFormulaLights

全日本F2000と同時に発足したジュニアフォーミュラのFJ1300は、1979年には全日本F3へと移行。そして2019年まで国内トップカテゴリーの直下のシリーズとしてその名を守り続けてきた。だがやはりこれもバブル期で最盛期を迎え、それ以降は衰退の道を辿った。そして大会規模が縮小する中、日本でもFIAの方針に沿って2020年にフォーミュラ・リージョナル(FR)の導入が決定的となる。そして全日本F3は2019年を最後に半世紀にわたるその幕を降ろしたのである。

 

問題はこの幕の降ろし方だった。既に規模が縮小していた中で、あろう事か2つのシリーズに分裂してしまったのだ。旧来のF3規定に安全装備を加えた車両を用いるスーパーフォーミュラ・ライツ(SFL)、そしてFR規格の車両を使用するフォーミュラ・リージョナル・ジャパニーズ(FRJ)である。これは従来のダラーラF3車両を改造して使用する前者と、新たに設計された童夢製のFRシャシーを用いる後者として区別される。縮小する中での分裂であり、2020年シーズンのSFLのフル参戦は僅か6台となった。FRJに至ってはたったの1台である(双方マスタークラスを除く)。

 

ジュニアフォーミュラは次代のドライバー育成の場である事は言うまでもなく、つまりこのカテゴリーの盛隆は地域のフォーミュラ人気と連動している。競技人口が少なければエントリーが減り、多ければ増えるというシンプルな構造である。 

同時期のイギリスF3はフル参戦が14台、アメリカに至ってはIndy Lights・Indy pro 2000、FR americasと3つもF3以上のカテゴリーが存在し、それぞれが8台以上でのレースを実現している。全日本F3はバブル期にはこれらのシリーズと勝るとも劣らない人気を博していた。この人口増減の原因を考えた時、日本におけるフォーミュラ競技が景気によって著しく変動する事が明らかになる。現状はまさに風前の灯火と言えるだろう。

日本とその他の地域との違いは何なのだろうか。

日・欧米のモータースポーツの違い

日本と欧米におけるドライバーの環境の違いは以前言及した。特に欧州のドライバーは持ち出しの資金で活動しており、ジュニアカテゴリーでは大規模なスポンサーが付く事もほとんどない。

参考:〇〇育成 と ペイドライバー 

一方日本のドライバーの多くは、自動車企業からのサポートを受ける選手がほとんどだ。スーパーフォーミュラの日本人ドライバーの「全て」がホンダ、またはトヨタのスクールを卒業し、メーカーの支援の下にシートを手にしている。

 

ちなみにスーパーフォーミュラの参戦費用はマシンスペックと比べて破格の安さであり、FIA F3よりも安くIndy Lightsとほぼ同額である。トップカテゴリーとして目標に掲げるインディカーの実に5分の1以下である。そのインディカーですらチップ・ガナッシやペンスキーなどのトップチーム以外ではドライバーのスポンサー持ち込みが常識であり、日本のフォーミュラの環境の特殊性がより際立つ。

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Twitter:@Dalton_Kellett

要するにメーカー支援のドライバーを除いてしまえば、日本のフォーミュラは吹き飛ぶのだ。欧米と同じコストとリスクを払ってまでこの競技をする日本人ジュニアドライバーは、実際に数えられる程度しかもう存在しないだろう。よって前述の通り日本にはフォーミュラの文化は根付いていないと言え、この文化はもはや存在しないとまで言い切れるかもしれない。

 

日本でのフォーミュラの歴史がこの事実をより如実表している。

バブル崩壊と共に衰退を始めた全日本F3000を再興すべく、中継を担当していたフジテレビが中心となり立ち上げたのが後継のフォーミュラ・ニッポンである。だがそれでも視聴率は下降線を描き続けた。その後ホンダとトヨタがフジテレビに変わり後援する中で幕を上げたのが、その更に後継のスーパーフォーミュラだ。

つまりこのトップカテゴリーは各企業の努力によって支え続けられており、通常のプロスポーツ興行と異なりファンの貢献度は極めて小さい。競技人口が少なければファンも不在で、もはや興行ではなく各企業の合同レクリエーションと言えるかもしれない。

日本のプロスポーツ

モータースポーツを含む日本での「スポーツ」のイメージはプロ野球が作った、という事実は疑いようがない。それぞれのマスメディアや企業自らが広告としての球団を持ち、プロスポーツ興行に積極的に関わった。新聞やテレビではスポーツ選手を天上人のように扱い庶民とは明確に区別した。現在もその路線に変更はなく「スポーツ選手」と「一般人」の間には明確な区分けが存在している。今ではプロ野球にとどまらず、成績を残せばアマチュアスポーツの選手までラインを引かれる事になる。扱いはまさに芸能人のそれに等しく、スポーツ少年少女が憧れるスターを作り出した。そしてこの構図を市民の頭に刷り込んでいったのだ。

 

またスポーツ選手の育成環境は学校が中心である。主なプロスポーツの玄関口は高校生の主要大会であり、それらのほとんどは教育という大義名分の下でマスメディアが後援し実施されている。毎年の甲子園にて新聞社の社旗が上空から投下されるシーンは恒例となっている。

withnews.jp

スター選手への憧れ、そしてプロへの道が示された事によって、学校で行われるスポーツはプロスポーツ化されているものが大きな役割を担う。そしてそれらスポーツ種目に、市民がより親しみを持って支える循環構造が生まれるのだ。道具や場所、人を含め、プレーする敷居が高い野球が水泳の次に親しまれるスポーツ競技である事から、この構図が顕著である事が分かる。

 

つまり日本におけるスポーツとは、マスメディアを筆頭とする企業の思惑が最初に存在する事が多い。そしてプロという最上流から一般人への下流へ下る形で形成されていくのだ。

欧米のプロスポーツ

一方欧米では学校とスポーツの結びつきが日本ほど寡占関係ではない。それでもなお幼少期からスポーツへ親しむ事は日本以上に推奨されている。学校の成績や学力とともに、学校外の活動も進学において重要な要素になるからである。日本の児童・学生においてスポーツは学校の部活と言い換える事ができるが、欧米では学外でのスポーツ活動がこれに加わる形で存在感を放っている。

amview.japan.usembassy.gov

よって欧米の子供は学校外のスポーツクラブに所属する事が日本よりも多い。日本でいう塾のようなものだ。野球でいうリトルリーグチームなどが、主要スポーツだけに留まらずモータースポーツを含め多岐にわたって存在するのである。「友達がやっているから自分もやる」、このレベルでモータースポーツが子供たちに選択される。

F1ドライバーが実は幼少期からの友人同士であるという話は、紐解けばこういう仕組みが元にある。またモータースポーツの種類としては、ヨーロッパではカートレース、アメリカでは中部・中西部・南部を中心にオフロードレースが親しまれる事が多い。欧州でのシングルシーター人気はこういった地域の傾向にも起因している。

 

また文化として「競争心」が重要視される点が日本との違いとして挙げられる。欧米諸国では物事へのアプローチ手段として、「競争」という概念が根本に存在している。何かを行う際には対抗馬をまず意識し、そして自らの発展を促す。という文化が根付いているのだ。なので競争への取り組みに対する姿勢やその実績は、社会において多分に評価される事になる。それゆえに欧米での受験における課外活動は極めて重要なのだ。

なのでこの欲求を満たし実践する事のできる各スポーツ競技への関心は常に高い。そして対決を演出する地域のリーグ、そしてスポーツチームが発達しやすい豊かな土壌が存在する。これら要素により欧米ではまずは地域や選手側が積極的に大会の開催へ動く事が常で、メディアや企業は結果として人気が発生した競技や大会に広告スポンサーとして関わっているに過ぎない。スポーツとはあくまで市民活動が原点であり、メディアや企業はその人気に乗る形でプロ興行が発生しているのだ。つまり日本とは逆に、ピラミッド下層から上層へ流れる形が自然である。

日本のスポーツの原点

これほどまでに日本のスポーツへの取り組みが欧米と正反対なのは、日本においては伝統的な大相撲や歌舞伎といったものが興行の原点となっているからだ。大手メディアが既存文化のシステムを基にした手段を「スポーツ」へと転用し、そして全国へ広めた影響が色濃く残っているのである。

大相撲や歌舞伎では力士や演者にはタニマチが付き、時には広告塔として利用もしていた。これは西洋ではバレエがそれに当てはまり、広義には古代ローマのコロッセウムまで遡れるだろう。つまり一部の富裕層が行う娯楽に観客が発生している構図である。

あくまで大会を企画するのは一部の階級であり、そこに一般客や選手がぶら下がるのである。市民的に発生したスポーツも、その後人気が出ると大企業がコントロールし同じ流れを作り上げる。なぜなら日本ではプロスポーツとは大企業が行う娯楽産業である事が常識であり、そこに疑問符が挟み込まれる事態は発生しないからだ。大多数の日本人にとっての「スポーツ」とは、余暇や趣味で楽しむだけの上層から提供される娯楽に過ぎない。なので選手や観客に主体性が生まれにくいのである。

 

一方で現代欧米のスポーツの概念とは、庶民の市民活動から拡大したものである。競技人口が増えなければプロまで発展する事はなく、各大会はピラミッド型の競技人口に沿って形成される。企業はこのピラミッドの大きさを考慮して広告を打つだけであり、主体はあくまで選手と観客にある。そこに芸能人に向かうような憧れは発生せず、プロスポーツといえど市民に近い場所に存在している。よく日本ではヨーロッパサッカーが「地域密着」や「市民的なスポーツ」と表現されるが、そもそもスポーツは市民のものなので地域密着がプロ化への大前提なのである。

www.footballchannel.jp

日本のフォーミュラ「スポーツ」

ここまでで日本の「スポーツ」が欧米のそれとは異なるものである事を説明できたと思う。ただ発生方式は違えど、野球やサッカー、ゴルフは競技人口の増加に伴い日本でも市民の手に届きやすい存在となってきた。しかしまだまだ日本のスポーツは企業や一部富裕層の所有物であり、「市民的なもの」とまでは至っていない。イギリスには数えきれないほどのサッカーチームやリーグが存在し、趣味のレベルから世界最高峰のプレミアリーグまでリニアに繋がっている。日本では地域の草野球大会がせいぜいである。

日本でのスポーツに対する意識を変革しない限り、それが市民の所有物になる事はないだろう。その為には欧州のスポーツ教育や社会としての取り組みに倣う必要があるが、それを望む市民はまだ乏しく、そもそも誰もその魅力に気づいていない。スポーツをより身近に発展させたいのであればこの事実を個々で啓蒙して欲しい次第である。

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Twitter:@FRJapanese

こと日本のフォーミュラについて言えば、もう止められない程にファン離れが進んでしまった。この原因はやはり競技人口の少なさもあるが、景気後退によりこれを嗜む富裕層が減ってしまい、取り残された関係各所が最後の利益の奪い合いに突入した事も大きい。またプロ野球よろしく上層から資金が降りてくる方式が固定されており、現在では下層から一般人がスタートしようにも、足掛かりになるものがほぼ存在しない事で人口減少に拍車がかかっている。これは「門戸が狭い」という例で以前の記事で触れた事がある。

参考:〇〇育成 と ペイドライバー 

いまや大手メーカーと縁の深い関連各所の村社会しか日本のフォーミュラ中枢には残っていない。仮に資金を準備しても、村長(メーカー)との縁が無ければ外様のような扱いを受け、取りつく島もほとんどない。独立系チームが発達している欧米を主観に現状を直視すれば、これはもう死に体である。日本のフォーミュラは失敗した。この事実を認めて別の理を新たに作り出す事がこの現状を打開する理想論だ。

それには欧米式を取り入れて裾野を広げる事が先決であり、最エントリー層の拡張が急務となる。

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www.iamekarting.com

しかしながら本格的なカートコースは国内には数えるほどしか存在しないのが現状である。需要を掘り起こす事・中規模以上のカート場を増やす事・そして競技人口を増やしモータースポーツを親しみやすい高さまで下ろす事。この3要素は日本におけるフォーミュラ復興の鍵となり、この競技を「市民的スポーツ」として認識させる唯一の方法である。

あとがき

今ままでの日本のモータースポーツは「やる層」と「見る層」に分離していたと思う。説明した通り日本のプロスポーツ全体での傾向ではある。しかしことモータースポーツに限っては体験の機会も少なく競技人口も少ない。よって両極の人口層の距離が最遠とも言えるスポーツだろう。


折しもコロナ禍によりe-sportが大々的に取り上げられ、ゲームを含めたレースシミュレーションの動きが活発化した。これは現実のモータースポーツにとっても好機だ。本物の遠心力や加速度を感じ、風を浴びて青空の下を駆ける体験はシミュレーターのそれではまだ体感できないからだ。いまモータースポーツを「する」という意義に光が当たり、日本でも願わくば欧州のように、より市民的なスポーツになっていく事を個人的には望んでいる。

 

「やる層」の薄い日本では、日本語媒体は「見る層」に向けた発信が必然的に多く、自分でモータースポーツをするための情報が少ない。というか環境もほぼ無い。カートをはじめとしたモータースポーツの入口が大きくなり、これを楽しむ人口が増えて欲しい。そして地域的なミクロな部分にまでこのスポーツが浸透して欲しい。という願いを込めて記事を作成してみた。