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FREC王者 ペテコフ F2出場の経緯

フェルナンド・アロンソを発掘したエイドリアン・カンポスは今年60歳でこの世を去った。早すぎる死にジュニアフォーミュラ界全体が大きな悲しみに包まれたが、そのカンポスの置き土産がペテコフのF2出場である。

 

2020 Formula Regional European Championship のタイトルを獲得したペテコフは、今年カンポスからF2に参戦する事となった。2020年にFRECにて選手権を開幕からリードしたペテコフだがシーズン後半の出走は資金難により危ぶまれ、シーズン終了後にはフェラーリアカデミーとの契約を解除するなど苦境が伝えられてきた。

カンポス・レーシング:Campos 編

その中でのF2参戦のニュースは驚きを持って迎えられた。このペテコフがF2に参戦する事となった経緯をFormula Scoutの記事を引用し紹介する。

formulascout.com

エイドリアン・カンポスは死の間際に下したその決断の結果を、残念ながら二度とその目で見る事はできない。カンポスがジャンルカ・ペテコフを2021年のラインナップに乗せると言う勇気を示すまで、ペテコフのキャリアは行き詰っていた。

 

2020年FRECシーズンの最終局面、ヴァレルンガのプットレーンではプレマの車が止められた時、あらゆる感情が交差していた。アーサー・ルクレールとオリバー・ラスムッセンがペテコフから16ポイント差の位置で終わり心揺れる中、ペテコフ自身は2021年も自身のキャリアが続くかどうかで心揺さぶられていた。

 

このブラジル人は最初のラウンドをポイントリーダーとして終えるが、ちょうど1週間後には自身の出場が既に崖っぷちにある事を明かしている。シーズン前半のみで彼の資金は尽きるというのだ。この時点で彼の背後にはFDAとオイル企業のシェルがいた。しかしながらFDAからの資金提供は受けておらず、シェルも今年は彼をサポートしない。

 

ペテコフはそれからの2ラウンドで自身のリードを更に広げ通算4勝とした。これはこのシーズン彼が達成した4勝の全てである。それから9月の終わりに新たなバックアップを得て残りのシーズンのプレマのシートを確保している。FRECが12月までレースを続ける中、FIA F3は既に終了しておりポストシーズンテストに移行していた。FREC終了前からペテコフのライバル達はテストに参加。2021年のシートリストに名を連ねる一方、ペテコフはそれを見る余裕さえ持っていなかった。

 

ペテコフにかかる重圧は明らかでタイトルを争うFDAの同僚ルクレールは戦闘力を高めてきていた。そして他チームに対するプレマのレースアドバンテージも崩れ始める中、最終レースとなったヴァレルンガでその時は訪れた。雨のレースで5位に入ったペテコフはタイトル獲得を決める。そのレースでルクレールはスピンアウト喫している。ペテコフはその時の事をFormula Scoutに語った。

 

「そして選手権は終了した。タイトルを持って帰れて嬉しかったよ。同時にそれは2021年の全てにおいて重要となるんだ。なぜなら資金の問題はシーズン中ずっと継続していたからね。たとえ選手権トップに座り続けていたとしてもさ」

 

「状況が一番混迷としていた時は、全ての物事がすぐに変わるものだから、今シーズン後の2021年に関する事全ての決定を遅らせなければいけなかった。何かの支援を受けれるのかとか、本当に何も分からなかったんだ。FDAの留まれるかどうかさえもだ」

 

「そしてタイトルを獲得してそこから交渉を始めたんだ。全てのもののね」

 

ペテコフが最初に見渡したのはFIA F3だった。その時FRECのチームはレースにおけるオーナーシップの変更点を迎えていた。そして冬の間にペテコフにアプローチをしてきたのだ。この時点ではペテコフの限られた資金から、彼が更に高いカテゴリーのシートを獲得する見込みは薄かった。そして2月はペテコフのフェラーリアカデミー離脱のニュースから始まった。しかしながら同時期には彼のヨーロッパでのレースキャリアは救われる事になる。

 

「いくつかのやり取りのあとFDAと袂を分かつ事を受け入れた。そしてその後のカンポスレーシングとの話し合いはF2へとすぐに向かったんだ。チームは基本的には素晴らしいチャンスを僕に与えてくれた」とペテコフは続ける。

 

「彼らは、"聞いてくれ、我々はこの瞬間の資金難がどれ程のものなのか分かっている。でもこの先行投資をして君にチームとのサインをして欲しいんだ"と言ったんだ。彼らは柔軟に他の選択を考慮する時間もくれたよ。素晴らしいチャンスだった。自分達からすれば選ぶ他ないよ。2回も考える必要はなかったね。そして僕らはここに居るのさ」

 

ペテコフがチームに加入する途上で、悲しいことに創業者でチームボスのエイドリアン・カンポスは60歳で亡くなった。

 

「この数週間はとてもつらかった。亡くなる数日前には何回か電話で話もしていたんだ。こんなに素晴らしい関係を築く事にはそれほど時間はかからなかったんだよ。彼はフェルナンド・アロンソのキャリア初期に彼が何をしたのかについてよく話してくれた。そしてその時同様にかなりの投資をしたんだ」

 

「彼はフェルナンドをチームに連れてきてチャンスを与えた。それから彼はカンポスチームの目的を明確化した。このような他には無い機会を、それが必要で、それに値する若いドライバーに与える事だとはっきりさせていた。それが意味する事は自分自身にとっては計り知れない。彼の最期の願いの一つが、僕が彼のチームでドライブする事だったんだと理解するとなるとなおさらだ」

 

「働き始めて最初の数日にはもうスペインに居て素晴らしい日々だった。みんな彼に敬意を表そうとトラック上でできる限りの事をしたんだ」

 

カンポスは近年ではアレックス・パロウやデイビッド・ビダレス、そしてアロンソのレーシングキャリアをスタートさせている。限られた予算の2名のドライバーを最前列で戦わせるために、チームが更なる投資を求めている事に批判の声がある一方で、それはどちらかと言えば勇敢な選択だと言える。そしてペテコフとそのチームメイトのラルフ・ボシュンはそれを名誉だと思うだろう。

 

ペテコフの最初のダラーラ F2 2018での走行は3/9~3/11のバーレーンでのプレシーズンテストである。そして彼のデビュー戦は同じサーキットでその2週間後に行われるレースとなる。ペテコフはそれまでによりダウンフォースの多いマシンに慣れるために、GP2のマシンでテストを行える可能性がある。そして彼の一足飛びなF2出場は、2014年にアルテム・マルケロフがドイツF3からGP2に出場して以来の出来事だ。

 

彼のエンジニアはカンポスに出戻ってきた Jose Fontestad になる予定で、2000年台後半にスペインF3のカンポスで働いていた人物だ。彼はその後DAMS、Arden、HWA RacelabにおいてGP2/F2のエンジニアとして働いた。その時にピエール・ガスリーやオリバー・ローランドを担当している。Fontestadの経験はペテコフの成績だけでなく、カンポスのエンジニアリング面においても重要な意味を持つだろう。

 

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以降の記事ではペテコフのF2参戦の意気込みを語るインタビューとなっているので、興味のある方はぜひ読んで欲しい。

 

このようにペテコフはエイドリアン・カンポスの死の間際に彼のチームとサインを交わした。FREC終了時にも彼自身の資金難は継続していたが 、同時にフォーミュラルノー・ユーロカップと統合し刷新されるFRECの別のチーム(M2コンペティション)からのオファーも受けとっていた。それはこのカテゴリーで一般的なペイドライバーとしての条件ではなかったため、ヨーロッパのフォーミュラに残留する事は既に決まっていた。しかしながらカンポスからのF2出場のオファーを受けこれを選択する事となったのだ。

 

通常は各フィーダーシリーズでタイトルを獲得した場合、次年の出場は禁止される。しかしながらFRECは前述の通りの運営体制の変更により、ペテコフの次年度出場の認可は降りていた模様である。

 

Regional F3からF2への1段飛ばしが難しい状況になる事はペテコフ自身もインタビュー中に認めているが、同時にそれが言い訳にならないとも語っている。

 

今年FDAとの関係に終止符をうち新たな局面を迎えたペテコフ。昨季FREC王者の彼がF2でどのような活躍を見せるのだろうか。昨年F2で活躍したシュワルツマンを筆頭に、ドゥルゴビッチ、ルンガー、ダルバラ、ティクタム、アームストロングが2年目のF2を迎える。周の3年目のシーズンはアルパインチーム発足の発表とともに先日公表された。

さらにはオスカー・ピアストリ、テオ・プルシェール、ユーリ・ヴィップス、リリム・ツェンデリと1年目のシーズンを送るプロスペクトの出走に加え、さらに今回ペテコフの参加が決定した。

有力ドライバーを更に抱えた今年のF2。昨季以上の厳しい戦いとなる事はもはや避けられないだろう。